東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5609号 判決 1968年10月14日
協和信用組合
理由
一 請求原因第一、二項の事実および原告が被告の本件手形債務五、五〇〇、〇〇〇円の支払いを履行したことにより、被告の右債務が消滅したことは当事者間に争いがない。
二 右債務の支払いにより原告が求償権を取得したか否かについて検討する。
この点について、被告は右求償権は予め放棄されていたと主張する。
《証拠》を総合すれば、次の事実を認めることができる。
原告は、被告組合(当時の商号は朝日信用組合)の理事長であつたが、同組合が業績振わず倒産寸前にたち至つた昭和二八年七月頃、監督官庁である東京都の斡旋により都信連を介して商工中金から一千万円の融資を受けることになつたので、その際個人財産である本件担保物件を同組合に無償で提供することとし、これに極度額五〇〇万円の根抵当権を設定したうえ、組合の業績不振に対する責任をとつて理事長を退任、常務理事として組合再建に協力することとなつた。
しかしながら、その後も同組合の経営は好転せず、同二九年九月頃再び行き詰つたため、当事者間に争いのない請求原因第二項のとおり、同組合は商工中金から融資をえ、原告はこれが債務につき保証をなし、本件担保物件に抵当権を設定したのであるが、同組合は、なおも経営立て直しに失敗し、ついに監督官庁から同三〇年一二月一五日業務停止命令を受けた。
その後同組合の業務再開の企てがなされ、旧台湾銀行の資産をもつて設立された日本貿易信用株式会社が同組合を引受けてこれを運営したい旨を申し出てきた結果、昭和三二年九月二六日日本貿易信用株式会社側と朝日信用組合の代表との間に、朝日信用組合を日華信用組合との新名称のもとに、業務を再開するについて申合せが成立した。右申合せの骨子は日本貿易信用株式会社支援のもとに朝日信用組合(旧組合という。)を以下の条件をもつて再興、新組合とする、預貯金の払戻しについては、総額約三、〇〇〇万円のうち、特殊預金約八〇〇万円を控除した残額二、二〇〇万円を三分の一に切り下げ、その金額を新組合において継承する、また借入金の処理について、(イ)神戸銀行借入金約一、三〇〇万円の半額を新組合において継承する、新組合の継承分を控除した残額に対しては旧組合側にて処理し、新組合は責任を持たない(ロ)本件五、五〇〇、〇〇〇円を含む都信連ならびに商工中金からの借入金約八〇〇万円は旧組合役員の責任において原告所有の本件担保物件の処分その他により完済し、新組合はこれに関与しない、新組合の承継分以降の旧組合の債務はすべて旧組合役員の責任と負担において処理し、新組合はこれを引受けない、というものであつた。
昭和三二年一一月四日朝日信用組合は理事会を開き、原告はじめ各理事、監事出席のうえ、右申し合せ事項を全員異議なく承認決定のうえ、同日東京都に対し、これに基づき業務再開に関する内伺書を提出した。
さらに昭和三三年一月三一日開催の旧組合理事会は、商工中金及び都信連関係借入金整理の件につき、前記申し合せの線にそつて、本件担保物件を処分することが決せられ、その結果原告は、商工中金の同意をえて、昭和三三年八月八日本件担保物件を省束に金五、五〇〇、〇〇〇円で売渡し、右東商は原告の被告に対する保証債務の重畳的債務引受をなし、昭和三五年三月一七日までの間に、右売買代金をもつて引受債務の支払いを了した。なお、同組合は、預貯金者全員の承諾をうる等前記申し合せ事項記載の同組合側の義務を履行し、そのすべてを完了したうえ、同年四月一〇日招集した総会において、前記申し合せ事項に基づく組合整理再建案ならびに組合の称号を日華信用組合と変更する等の議案を可決し、さらに日本貿易信用株式会社側の新理事を選出し、ここに組合の再建手続を完了したものである。
右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は採用せず、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定事実によれば、原告は、昭和三〇年一一月四日開催の組合理事会において、出席理事全員異議なく、本件五、五〇〇、〇〇〇円を含む都信連ならびに商工中金からの借入金約八〇〇万円は旧組合役員の責任において原告所有の本件担保物件の処分その他により完済し、新組合はこれに関与しない、新組合の承継分以外の旧組合の債務はすべて旧組合役員の責任と負担において処理し、新組合はこれを引受けない、という条項を含む業務再開についての申合せを承認決定し、原告も理事の一人としてこれに出席していたのであるから、これを理事として承認決定したことは、原告個人としても右条項の内容である本件担保物件の処分により返済する組合の債務に関しては組合に対し請求できないこと、すなわち求償権はこれを放棄することを承諾し、組合理事長らもその趣旨を了解していたものと解するのが相当である。
なお、原告は、組合の総会の議決をもつてしても、組合員の有限責任を無限責任に変更することは、中小企業等協同組合法第十条の四が定める組合員の有限責任に反し無効であると主張するが、前認定のとおり原告の求償権の放棄は、原告の意思(承諾)によるものであつて、組合総会の決議によるものではないから、原告の右主張は前提を欠き理由がないことは言うまでもない。